日本人拉致の工作船への気象通報だったのか



 1977年11月頃に、ある不思議な放送が受信された。朝鮮東海、つまり日本海の気象を放送する放送局である。
 北朝鮮では朝鮮中央放送や平壌放送でも報道(ニュース)の最後に天気を放送しているが、それとは全く異なる、いわば気象通報専門の放送局で、その名も「朝鮮東海海洋気象放送」と言った。
 公称周波数は4700kHz。周波数は4699kHzあたりに若干ずれていることもあったが、7時、13時、20時の0分から約10分間、そして30分からは再放送という1日6回だけの放送で、それぞれ3時、9時、15時現在の気象を放送するものだった。放送開始時刻は2分程度前後することがあり、放送そのものの長さも、10分丁度というわけではなかった。
 それぞれの放送は行進曲風のテーマ曲で開始した。残念ながら曲名は不明で、市販されている軍楽のテープやCDではわからず、北朝鮮の一般人に録音を聞かせてもわからない曲だった。但し、テーマ曲は1980年代に入ってしばらくしてから、「金日成将軍の歌」の吹奏楽に変更された。
 テーマ曲がしばらく放送された後、朝鮮語で「朝鮮東海海洋気象放送です」と局名がアナウンスされ、「偉大な領袖、金日成同志のチュチェ思想で、しっかり武装しよう!」というスローガンとともに金日成主席の教示も紹介されると言うオープニングだった。
 その後、東海岸各地方の天気が紹介されるのだが、その地点は、雄基、清津、金策、新浦、咸興、元山、江陵、浦項、釜山、鬱陵島で、風向、風速、天候、気圧、気温がアナウンスされた。続いて気圧の位置がアナウンスされ、最後に東海海上の天気予報が放送された。
 それが終わると終了アナウンスがあり、「こちらは新浦です」というアナウンスとともにテーマ曲で終了した。
 一見、日本海で操業する漁船のための気象放送局のようだが、北朝鮮にとっての漁場は日本海だけではない。しかも、この放送に使われていた4700kHzはA−1モールスの周波数として有名だが、当時は「総動員歌」や「決戦の道へ」で始まるA−3放送にも使われていた周波数であり、意図的に合わせていたと察することが出来る。
 尚、この放送によく似た気象放送として、1973年11月から翌年まで、「朝鮮沿海海上放送室」という新倉からの送信の放送が2030〜2045頃に4695kHzで受信されていたが、テーマ音楽、放送内容ともに朝鮮東海海洋気象放送とは異なっていることが確認されている。
 朝鮮東海海洋気象放送が姿を消したのは1986年。10年弱の放送だったが、今から顧みれば日本人の拉致事件が起こっていた時期でもあり、北朝鮮と日本を頻繁に往来していた工作船にとって、安全な航行のための重要な気象情報の放送だったのかもしれない。

朝鮮東海海洋気象放送の録音の一部


この文章の無断転載・引用を堅くお断りいたします。
また、オーディオファイルの無断使用及び直接のリンクを設定して二次使用することを禁止します。
(C)2002 アジア放送研究会

2002.10.20更新

戻る