オウム真理教放送の開始から中止まで
(アジア放送研究会制作「オウム真理教放送録音集」解説文から)


 オウム真理教放送は1992年4月1日に始まりました。当初は「エウアゲリオン・テス・バシレイアス」という番組名だけで、いわゆる放送局名や放送時間、周波数等の告知はありませんでしたが、4月半ばからは「オウム真理教放送」と名乗るようになりました。尚、ギリシャ語では「エウアゲリオン」ではなく、正しくは「エウアンゲリオン」と発音するという聴取者からの指摘により、8月1日の放送から「エウアンゲリオン・テス・バシレイアス」に変更されました。
 開始当初は2200〜2300の短波放送が15.315MHz、2300〜2400の中波放送が720kHzで行われました。番組は富士山総本部で制作され、録音テープをモスクワに空輸して放送していました。短波と中波は同一内容でしたが、4月11日からは別内容となりました。
 5月3日からは短波放送が17.710MHzに変更され、9月6日には15.560MHz、9月21日には12.055MHzに変更されました。そして11月1日には7.310MHzに変更されましたが、受信状態が不安定であり、季節毎に周波数変更があるため、1992年12月末をもって短波放送は廃止されました。 
 一方、中波放送は好評により8月1日から放送時間を2時間に拡大し、2300〜0100になりました。しかし、720kHzが地域によっては受信状態が悪いという信者からの報告があり、12月10日と11日の両日、1476kHzで試験放送を行った後、1993年1月1日からは放送時間と周波数を変更し、2215〜0115に1476kHzで放送するようになりました。この時点で日本語放送は中波に一本化されました。但し、打ち合わせがまずかったのか、変更初日は1時間遅れの2315から放送が始まりました。そして1994年1月1日からは0000〜0300の放送に変更され、さらに12月1日には富士山総本部のスタジオからの生放送となりました。
 また、1992年6月15日にはモスクワ放送の英語ワールドサービスの時間枠を使用して、日本時間の5時30分と13時30分から各々約30分間、全世界向けの英語放送を開始しました。英語放送も当初は「エウアゲリオン・テス・バシレイアス」でしたが、7月中旬から「エウアンゲリオン……」に訂正されました。周波数は英語放送の約40の全てが使用され、短波中に異様な放送が鳴り響いていましたが、後に使用周波数が限られてしまいました。
 さらに1992年9月1日からは「マヤーク」というロシア国内向け放送を通じてロシア語放送が始まりました。日本時間では夏2時台(冬3時台)に約25分間の放送を2回行っていました。この後、11月19日にはモスクワのTVである2×2で「真理探求」という番組も始まりました。
 日本語の他、英語やロシア語で放送を行っていたオウム真理教放送ですが、一連の事件に対する強制捜査と関連し、ロシア当局は放送の中止を決め、日本時間の1995年3月23日の放送を最後に中断となりました。翌24日もスタジオからは番組を送っていたものの、ロシア側が一方的に放送中止を決めたため、電波には乗りませんでした。
 この録音集は、オウム真理教放送の放送番組の中から、聞きどころを収録したものです。


A面

(1)オープニング
 放送でもお馴染みの「御国の福音」第1楽章の一部と「シャンバラ・シャンバラ」を使用しています。

(2)初日の開始アナウンス〜モスクワ講演のさわり
 初日である1992年4月1日の放送。開始からモスクワ大学での尊師説法のさわりまでを収録しました。番組紹介の中では麻原彰晃尊師の3人の弟子として、アナウンサーのカンカー・レヴァタこと杉浦実氏と、ダルマヴァジリこと坪倉浩子氏、そしてアシスタントとしてマンジュシュリー・ミトラこと故村井秀夫氏が登場しています。実際は22時からの短波放送が最初ですが、受信状態の関係で同一内容である23時からの中波放送を収録しています。

(3)初日のスポットライト〜真理ニュース
 麻原尊師の弟子を紹介するスポットライト。初日を飾ったのはマハー・ケイマこと石井久子氏。真理ニュースでは1992年3月の麻原尊師のモスクワ訪問について、そのきっかけや内容が紹介されています。

(4)二日目のスポットライト〜真理ニュース〜終了アナウンス
 二日目のスポットライトはヤソーダラーこと麻原夫人の松本知子氏。麻原夫人が、かつては「アンチ宗教だった」という衝撃的な発言や、その夫人の考え方が変わった訳などが聞けます。真理ニュースでは、オウム真理教放送が実現に至った状況などが紹介されています。


(5)開始アナウンス
 これは1992年6月に稚内市で録音したもので、麻原尊師のメッセージが常に冒頭で流れていました。


B面

(6)開始アナウンス(2200〜2300 15.315MHz) 

(7)開始アナウンス(2200〜2300 17.710MHz)

(8)開始アナウンス(2200〜2300 7.310MHz)

(9)開始アナウンス(2300〜0100 720kHz)

(10)開始アナウンス(2215〜0115 1476kHz)

(11)開始アナウンス(2215〜0115 1476kHz)

(12)終了アナウンス
 お便りの宛先が紹介されていますが、受信報告書に対してはベリカードも発行されていました。1992年6月の録音です。

(13)英語開始アナウンス〜朗読
 麻原尊師の英語のメッセージが聞けます。当初は朝のパーソナリティーをマイトレーヤこと上祐史浩氏が、昼の放送はヤソーダラーこと麻原夫人が受け持っていました。これは1992年8月の朝の放送開始で、上祐氏が朗読の紹介をしているところまでを収録しています。

(14)英語終了アナウンス〜モスクワ放送の局名アナウンス
 英語でもお便りを受け付けており、ベリカードやPR紙などを送付していました。放送が終了すると何事もなかったかのようにモスクワ放送に戻っていました。

(15)ロシア語開始アナウンス〜麻原氏のロシア語メッセージ
 ここに収録した歌、「超越神力」は麻原尊師が自ら歌っているもので、オウム真理教放送ではこのような歌が数多く聞かれました。TVで話題になった「私はやってない……」の「エンマの数え歌」も古くからある曲です。

(16)ロシア語終了アナウンス

(17)麻原尊師の言い訳
 1995年3月22日、オウム真理教に対する警察の強制捜査が実施され、23日にはこれに対して麻原尊師自ら反論する放送を行いました。但し、音質から判断して、第4サティアンのスタジオではなく、他の離れたところで収録したようでした。

(18)「悔いのない死を」のメッセージ
 1995年2月から放送されていた麻原尊師が悔いのない死を呼びかけるメッセージ。3月23日の放送の最後にもこれが放送され、この日がオウム真理教放送にとって最後のオンエアとなりました。

(19)クロージング
「シャンバラ・シャンバラ」を使用しています。

※この録音集はアジア放送研究会が研究資料として制作したもので、オウム真理教の活動とは何ら関係ありません。
※この録音集は市販しておりません。報道用素材に関してはお問い合せください。
※このコンテンツの無断転載、引用をお断りします。

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