北朝鮮アナウンサーの話術の秘密を『放送員話術』から分析する



彼らはなぜあの感情を込めた
雄叫び調で喋るのか?


 朝鮮中央放送や平壌放送といった北朝鮮のラジオ放送、そして最近日本のニュースやワイドショーでも頻繁に流れている朝鮮中央テレビの映像を見て、こんな疑問を抱く人は多いだろう。「北朝鮮のアナウンサーはなぜ極端に感情を込めたり、怒ったような口調で喋ったりするのか?」と。その答えが、北朝鮮で出版されたある本に記されている。

 その本のタイトルは、『放送員話術』。放送員とはアナウンサーのことで、これはいわばアナウンス教本である。発行は1988年2月で、朝鮮中央放送委員会審査者や平壌演劇映画大学放送話術講座の博士、それに当時のトップアナウンサーたちが執筆に加わっている。内容は3編に分かれ、第1編が「放送話術基礎理論」、第2部が「放送話術描写」、第3部が「話術の技量と常識」。アナウンサーとして必要な知識以外に、こんなことまで書くのかと思われるような事柄も記されている。
 ここで北朝鮮のアナウンサーについて述べておくと、一般の放送員の他、「功労放送員」「人民放送員」という称号を持つ者がいる。人民放送員は最上級のアナウンサーで、現在6〜7名ほどいるという。1994年7月9日の正午に朝鮮中央放送で流れた金日成主席死去の発表は、当時の最上級アナウンサーだった故リ・サンビョク人民放送員によって伝えられたが、彼も『放送員話術』の執筆者の1人だ(ちなみに金正日総書記の動静を伝えるテレビニュースによく登場する女性アナウンサー、リ・チュンヒ氏も人民放送員の称号を持つ)。



どんな場合でも放送員が言葉で気迫を失ってはいけない

 それでは早速、『放送員話術』の内容をかいつまんで紹介していこう。
 第1編はいわば基礎編で、北朝鮮の標準語として呼ばれている「文化語」の発音法や読み方について詳細に書かれている。特に目を引くのは「言葉の気迫」の項だ。引用すると、「言葉の気迫は、我が放送話術の基本属性の1つである。それは、我が放送の使命と役割から必然的に流れ出てくる革命的本質と関連する。我が放送は、偉大な金日成主義を実践する最も鋭利な思想的武器である」とある。そして「我が放送はまた、社会政治的雰囲気を作り上げ、大衆を偉大な領袖(金日成主席)の教示と、親愛なる指導者同志(金正日総書記)のお言葉、その具現である党政策貫徹へ一丸となって奮起するよう組織動員するのに重要な役割を担っている」と述べた上で、金正日総書記の言葉として「もちろん、放送内容によって強く叫んで話す場合もあり、順々に解説するように話すこともあるでしょう。しかし、どんな場合でも放送員が言葉で気迫を失ってはいけません」と書かれている。あの北朝鮮式のアナウンサーの口調は、この金正日総書記の教えに従っているのだ。その他、アナウンサーとして間違ってはいけない単語の発音や抑揚についても細かく書かれている。これを読めば日本のテレビ局が取り上げている北朝鮮の反米ドラマ「漢拏のこだま」の漢拏の発音が「ハンナ」と書いて「ハルラ」と読むとか、必ずしも朝鮮文字の綴り通りの発音ではないということもわかる。
 そして第2編では、番組のジャンル別に注意点が書かれている。そのトップは、金日成主席の労作、つまり著作物の紹介に関する注意だ。「偉大な領袖、金日成同志の労作の放送では、最大の正確性を保障しなければならない」とし、「丁重性と真実性を保障しなければならない」と述べた上で、誤りやすい発音の例などが書かれている。
 続いて、金日成主席の教示の引用、重要行事の報道、公式文献報道にも触れている。公式文献報道とは、北朝鮮の政府声明や軍関係の報道など、日本のニュースでもよく取り上げられている男性アナウンサーの怖い口調の場面だ。なぜあのように怖い口調になるかといえば、やはり「放送を通じ我が人民を緊張させるだけでなく、敵たちを激しく非難しながら我々の威力を見せ、威圧するようにしなければなりません」という金正日総書記の教えを実践しているからに他ならない。
 ジャンル別ではこんな短い言葉についても言及している。番組の最後に聞ける「ヨギヌン ピョンヤンイムニダ」(こちらは平壌です)だ。「革命の首都平壌は、偉大な領袖金日成同志がいらっしゃる我が国の首都である。“主体(チュチェ)の祖国”“千里馬朝鮮”の尊厳と威信がすなわちこの“平壌”という2文字に力強く込められるようにしなければならない」のである。だからこのフレーズはすらっと読み流してはいけないのだ。
 また、意外な項目として「生放送をきちんとやってこそ資格のある放送員である」というものもある。「我が放送は録音、録画の手段によって放送することを原則とするが、時期的や時間的に緊急の番組は『生放送』で実現する。それは対内外的に大変重要な意味を持つ内容だということを意味する」と述べている。つまり北朝鮮の放送は、緊急の報道や行事の生中継、予め収録しておいた天気予報と大きく異なる結果の場合を除き、生放送はない。従って、北朝鮮のアナウンサーにとって生放送は心してかからねばならないものだが、金正日総書記の「放送員はいつどんな報道が提起されても生放送できるよう準備しておかねばなりません。それでこそ資格のある放送員です」という言葉が緊張の度合いを更に高めているようである。

我が放送での事故は些細なものでも党の権威を失墜する悪結果を招く

 最後の第3編では、アナウンサーとしてのテクニックや心構えにも踏み込んでいる他、「風邪と声」「声の管理と保護」「鼻声とは何か」などの身体的なことや、読み間違いの分析や緊張をほぐす方法といった精神的なことにも触れている。
 注目したいのは「技量不足か事故か」と題された項目。「放送員の事故は、“誤読”事故、描写事故、技術事故があるが、思想が誤って伝達されたり、感情が歪曲して反映されたりするようなことは描写事故である」と述べ、金正日総書記の言葉として「我が放送での事故はたとえ些細なものであったとしても、皆大きな政治的損失を招くようになり、党の権威を失墜する厳重な悪結果を招くようになります」と紹介している。そして具体的な事故の例として、「朝鮮人民は/民族反逆者であり軍事ファッショ悪党である南朝鮮傀儡逆賊と、同じ天を頂いて暮らすことができない」という文章を挙げ、「朝鮮人民は民族反逆者であり/…」のように区切り方を間違うと、厳重な政治的間違いを犯すと述べている。
 北朝鮮から亡命した朝鮮中央テレビの元記者によると、実際にアナウンサーがこのような事故を起こせば、その責任から強制労働送りになるようだ。『放送員話術』では、この話を臭わせるものとして「“誤読”事故や描写事故は、その形態を問わず、大衆に及ぼす影響が大変大きく、党の権威と威信を毀損させる厳重な政治的間違いだということを知らなければならない」と締めている。

 ここに紹介した内容はごく一部であるが、ただ怒っているような北朝鮮の放送も、この『放送員話術』に書かれた事柄に従い、故金日成主席や金正日総書記の教えや朝鮮労働党や政府の政策を正確に伝えるため、相当なプロ意識を持って重度の緊張の中で放送していることがお分かりいただけたと思う。実際に北朝鮮のラジオや、ニュースなどでテレビ映像に触れることがあれば、この記事を思い出しながら見聞きしてみてほしい。

この文章は、三才ブックス発行「ラジオライフ」5月号に掲載したものに加筆修正しました。
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