拉致関連番組の「命令放送」の前に考えるべきこと
                        
山下 透
 
 新聞報道によると、政府がNHKに対して、拉致関連番組を命令放送として実施させるようなことが伝えられているが、NHKが今年7月25日の報道資料で明らかにした7月14日の国際放送番組審議会での意見にあった「言語サービスは、そのときの状況に合わせて、弾力的に見直す。」という項目を、NHKが自主的に、かつ先手を打って実践するような形で北朝鮮向け放送を強化できれば自然な流れになるのではないかと期待している。
 そのために、いくつかの問題点について考えてみたい。

 今回の命令放送に関する総務大臣等の発言については、誰のための命令放送であるかについては言及されていない。世界に向けて拉致問題をアピールするというのであれば、既にNHKのラジオ国際放送はニュース等で拉致関連のニュースを伝えているし、それ以外のトピックについても様々な形で伝えている。例えば、今年6月9日には、「ラジオ日本フォーカス」という番組の中で、北朝鮮の拉致問題の最新動向について特集している。NHK国際放送はこれまでも、朝鮮語班のスタッフを中心に、拉致問題や、北朝鮮問題の番組を多数制作し、十分に放送しているのである。
 もし、今の番組編成の中で、拉致関連をさらに強化しろというのであれば、日本語と英語放送で放送されるジェネラスサービスは、日本語放送のかなりの部分が国内向けのラジオ第一放送の同時送信であるし、諸外国語で放送されるリージョナルサービスは、15分番組のスウェーデン語とイタリア語(来年上期で廃止予定)を除き、他の言語は30分の番組編成しかなく、約10分間のニュースを除いた残りの20分弱で、どのように拉致関連番組を強化しろと言うのか、はなはだ疑問である。

 もし、NHKが命令される前に先手を打つのであれば、まず、北朝鮮で聞こえる放送を実施すべきだと言うことである。
 現在、NHK国際放送の朝鮮語放送は、1日6回放送されているが、お昼の放送は現在の太陽活動や季節的な電波伝播の状態を考えても不適切な周波数(16メーターバンドという高すぎる周波数帯を使用)であり、韓国や中国東北部のリスナーから、殆ど聞こえないとの苦情も寄せられているのに、改善されていない。また、夜の放送には300kWの送信機は使用されず、100kWの送信機で放送されている。電力不足だと言われる北朝鮮からの日本語放送は強力に聞こえているのに、日本から朝鮮半島に向けての放送は十分な強さで電波が届いていないのである。
 北朝鮮向けの効果的な放送として注意すべき点は、1点目に、隠れて聞くというリスナーの立場を考慮し、深夜・早朝に放送すべきということである。
 いわゆる生活時間帯には隠れて聞くことは不可能であり、一般労働者が朝早くから夜遅くまで職場で労働や学習をするということを考えると、少なくとも22時〜6時の間に放送を実施しなければならない。
 現在の「しおかぜ」の時間帯についても、私が特定失踪者問題調査会の荒木代表に助言し、また、ロシアが北朝鮮からの圧力で中継についての難色を示したことの代替地として台湾を薦めたのも私である。台湾は韓国語放送を予算上の都合で廃止したため、朝鮮半島向けの送信については送信機もアンテナも余力があった。台湾もVT社と組んで、中継放送ビジネスを行っているため、話は早くまとまった経緯もある。
 2点目にメディアである。一般人民は自由にチューニングができるラジオは基本的に持ち合わせていないにしろ、中国からの密輸など、裏ルートで小型ラジオが入っている可能性はあり、韓国への脱北者が、KBS社会教育放送などを通じて韓国の情報を得て、脱北するに至ったなどの証言を考えると、短波による放送も必要ながら、中波による放送も実施する方が効果的である。
 世界的な取り決めとして、「国際放送は短波で行う」という表面的なルールはあるが、これを遵守している大国は日本くらいであり、米国、英国、ロシア、中国、韓国、北朝鮮、台湾も、みんな中波による国際放送を実施している。
 また、国によって、自国からの中波による国際放送ができない場合、海外中継で中波を使用するという例も見られる。
 米国のVOA(Voice of America)の韓国語放送は、夜の放送の一部に、ロシアのウスリースクからの中継放送を実施しているし、RFA(Radio Free Asia)も一時期、同所からの中継を行った。中国国際放送は隣国からと言うこともあり、吉林省からの中波放送も実施しているが、その送信機から1時間だけロシアの声放送が送信されている。
 もし、ラジオ国際放送が現在の放送法の下で北朝鮮向けの中波放送を考えるならば、ロシアや中国が適地であると言えるだろう。しかし、「しおかぜ」がウスリースクの中波を検討した際、大出力であるが故に提示された使用料も高額だったと聞いている。
 そこで、浮上するのがNHKの第二放送の利用である。現在の放送法では、第二放送を使っての「国際放送」は困難かもしれないが、第二放送でハングルニュースや中国語など、外国語ニュースが流れているという現状を拡大解釈し、5時30分の第二放送の開始時刻を30分繰り上げ、5時〜5時30分に第二放送を使って朝鮮語放送を流せば、先のような早朝の時間帯にあたり、北朝鮮にいる人が隠れて聞くという可能性もある。
 欲を言えば、北朝鮮の国内向け放送は5時に開始するので、それ以前に放送を行えば、混信等の問題もなく聞こえるものと思われる。
 実際のところ、日本近海が地震などで津波警報が出ると、第二放送を使って「オーツナミ」と言った英語のアナウンスが流れることがあるが、そのような非常時のみならず、常日頃から外国語のニュース以外にも、一般の外国語番組が流れるというような体制を作っておけば良いのではないかとも思われる。

 今のラジオ国際放送の体制は、日付が変わってからの朝の再放送は、基本的にニュースが放送されず、番組のみの20分の放送になっているが、北朝鮮のような国に向けての放送は、何も最新ニュースである必要はない。世界の動きが全くに近いくらい流れない国であるが故に、多少古くても、ニュースを伝えるだけで意義があるし、実際のところ、近隣諸国の国際放送は、下手をすれば夕方の放送でも前日夜のニュースを再放送しているところもある。ラジオ国際放送は深夜・早朝の勤務体制を減らすために、地域向け放送の深夜から午前中にかけてのニュースを中止した。「拉致関連」の命令をするのであれば、ニュースを強化する意味での人件費負担を増やし、深夜〜午前のニュース放送を実施すべきである。また、朝鮮語放送の単位放送時間を30分から、1998年春までのように1時間に戻すべきであろう。現在、米・中・韓・ロシアの放送は、基本的には1時間単位での番組編成となっている。政府がNHKに対して命令をしたいのであれば、口だけ出すのではなく、朝鮮語放送の強化、ニュースの強化のための費用負担をすべきである。
 ところで、VOAとRFAは同じ米国の放送局ではあるが、似て非なるものであり、番組を作って放送するという立場ではライバル的な関係にある。しかし、韓国語放送や中国語放送など、両局で共通する使用言語の放送については、米国の政策的な放送という観点から、お互いの放送時間が重ならないように協議して設定している。
 この10月30日から放送時間の変更が行われたが、
VOAの韓国語放送は0500〜0530、2100〜0000、
RFAの韓国語放送は0530〜0730、0000〜0200
というように、周波数は異なるものの、見事に重複を避け、時間帯として連続するようにしている。しかも、北朝鮮を意識して、深夜・早朝にも放送している。
 従って、ラジオ国際放送が「拉致問題」を意識した何らかの放送を実施するのであれば、少なくとも「しおかぜ」の時間帯とは重複しないよう考慮しなければならない。

 政府は来年度から、ラジオ国際放送に加え、テレビ国際放送にも交付金を出して命令放送を実施させようとしている。今回のラジオ国際放送に対する命令論議の延長として、テレビ国際放送で命令放送が実施されるのであれば、民放参入の議論があるテレビ国際放送にも、報道の自由や編集権を巡って民放も脅かされることにもなり、それを前提にした反対の論議もインターネット等でされているが、テレビ国際放送は海外においてケーブルテレビに加入するか、パラボラアンテナがないと受信できず、海外に居住するか、たまたま日本人の宿泊客が多いホテルに宿泊した旅行客でないと視聴できない。居住者だとしても日本を懐かしがる日本人か、よほど物好きな外国人でない限り、日本のテレビ国際放送を視聴するとは思えない。
 実際、日本ではスカパー!を通じて、BBCやCNNなどの外国のテレビ放送が24時間、ライブで放送されている。これを地上波のテレビ放送と同様に、いつも定期的に視聴している日本人がどれだけいるだろうか。イギリスやアメリカでテロが起きたり、何らかの事件が起きたときにはチャンネルをあわせる人はいるだろうが、視聴率的に考えたりすると、多チャンネルである日本ではごく少数のみが視聴しているはずである。これを欧米で考えると、極東の小さな島国から放送されるテレビ国際放送で、しかも英語ネイティブでもない国からの放送に、誰がわざわざチャンネルをあわせるだろうか。
 政府がもし、テレビ国際放送のために交付金を使おうとするのであれば、そんな無駄なことは止め、そのお金を現在の短波によるラジオ国際放送にまわし、まともな手段で外国の情報を入手できず、隠れてラジオを聞いている北朝鮮の人々に情報を伝達できるようにNHKを支援することが「命令放送」の本当の意味ではないだろうか。


追記:
 本稿を読んだソウル在住の韓国人から、北朝鮮の人々の受信環境を考えると、北朝鮮向けにNHK第二放送を使うことは効果的であるとの意見を頂き、夜間、ソウルのマンションの3階の窓際にてソニー製のポータブルラジオでNHK東京第二放送(693kHz)を受信し、その録音をmp3ファイルにして送ってくれたので公開する。ソウルでは18kHz離れた711kHzにKBS第1ラジオが出ているが、これとの混信は感じられない。
 東京、札幌、秋田、熊本などから大電力で送信されている第二放送の効果は大きいものと思われる。
 ソウルで受信したNHK東京第二放送(693kHz)

 これとともに、日本時間23時から短波6190kHzで放送されているラジオ国際放送「ラジオ日本」の朝鮮語放送を、本格的な短波用受信アンテナに接続した通信型受信機(JRC製NRD-545)で受信し、録音したファイルも送ってくれた。これから冬になるにつれ、受信状態はさらに悪くなるし、普通の短波ラジオで受信する場合は殆ど聞こえない状態になってしまう。
 ソウルで受信した「ラジオ日本」朝鮮語放送(6190kHz) (曽我ひとみさん拉致関連ニュース)

本稿は研究会としての意見を述べているものではありません。
参考記事:
 東京新聞 11月2日付 NHK・ラジオ国際放送 日本の情報22言語で発信
 特定失踪者問題調査会 荒木代表の見解

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